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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)6284号 判決

原告 株式会社 鈴越

右代表者代表取締役 鈴木常吉

右訴訟代理人弁護士 成田宏

同 内野繁

被告 調布土地開発公社

右代表者理事 山下泰正

右訴訟代理人弁護士 久々湊道夫

右被告補助参加人 京王帝都電鉄株式会社

右代表者代表取締役 井上正忠

右訴訟代理人弁護士 鳥飼公雄

主文

被告は原告に対し、金二五二〇万円及びこれに対する昭和五三年七月一三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は五分し、その二を原告の、その余を被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告は原告に対し、金四〇〇〇万円及びこれに対する昭和五三年七月一三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告はビルの賃貸を主たる業務とする会社であり、被告は調布市役所庁舎内に所在し、公共用地又は公用地等の取得、管理及び処分等を行うことにより調布地域の秩序ある整備と調布市民福祉の増進に寄与することを目的とした法人である。

2  原告は、昭和五一年三月一〇日、被告から別紙第一目録記載の土地(以下本件土地という。)を代金四億二〇一七万二五〇〇円で買受けた。

3  原告が本件土地を買受けるに至ったのには、次のような事情があった。すなわち

(一) 原告は従前別紙第二目録記載の土地(以下「調布市の土地」という。)を所有していたところ、学校用地の取得の必要に迫られていた調布市が右「調布市の土地」の購入を希望し、昭和四九年ころ原告に対し右土地の買受方を申し入れてきた。

(二) 原告としては、右土地に賃貸マンションの建設を予定していたため、当初右の申し入れを断ったが、公共用の学校用地ということなので、止むなく売却を決意した。ただし原告としては右土地につき予定していた使用目的及び税金対策の関係から、調布市において原告に対し、直ちに右目的に使用可能な代替地を提供することの条件を附した。

(三) そのため、調布市から原告に対し調布市内の数箇所の土地が代替用地として提示されたが、いずれも原告において納得ができず、結局府中市所在の本件土地が最終的候補地となり、被告の調査(現地調査を含む)を経て代替地と決定された。従って、本件土地の売買契約は、公共用地取得のための代替地の提供、すなわち実質的には交換契約ともいえるものであった。

4  右のように、原告は本件土地を買受けることとなったが、調布市の事務上の都合により調布市と実質的に同一体である被告が売買契約の当事者となることとなった。

また、本件土地は当時被告補助参加人の所有であったため、被告が同補助参加人から本件土地を取得したうえ原告に売渡すこととし、本件土地の売買代金額も原告から調布市に売渡す「調布市の土地」の売買代金額と同額とすることとされた。

5  その結果、昭和五一年三月一〇日、調布市役所において、「調布市の土地」について原告と調布市との間で、本件土地について補助参加人と被告との間及び被告と原告との間で、それぞれ売買契約が締結された。

6  そこで、原告は本件土地上に賃貸マンションを建設すべく準備を進めたところ、昭和五二年九月ころに至って本件土地に次のような隠れた瑕疵の存在することが判明した。すなわち

(一) 昭和五〇年一〇月一日施行された文化財保護法五七条の二の一項によれば、土木工事等の目的で周知の埋蔵文化財包蔵地を発掘する場合には、起業者の費用負担で発掘調査を行わなければならないことになっているところ、本件土地一帯については昭和五〇年四月から七月にかけて府中市において遺跡調査が行われ、同年一〇月には埋蔵文化財包蔵地であることが確認され、更に文化財保護法の改正に伴って、府中市における中高層建築物等に関する指導要鋼及び開発行為に関する指導要鋼が改正され、昭和五一年四月一日から行政指導が行われているため、本件土地は周知の埋蔵文化財包蔵地であり、従って原告が本件土地上に当初の計画どおり賃貸マンションを建設するためには本件土地を原告の費用で発掘しなければならない。

(二) 仮に、本件土地が周知の埋蔵文化財包蔵地に当らないとしても、本件土地には埋蔵文化財が存在し、現に原告が昭和五四年七月文化庁の許可を得て本件土地内の一〇か所を幅二メートル四方の試掘坑を掘って調査したところ、竪穴住居跡、土坑と考えられる遺構が発見された。従って、本件土地の場合文化財保護法五七条の五の一項、八項により必要な措置を命ぜられることとなるが、府中市においては(当該手続はいわゆる機関委任事務となっている。)、当該土地所有者の費用負担で、同法五七条の二と同様な発掘調査を必要とするとされている。

(三) そして、右発掘調査の費用は金四〇〇〇万円を下ることはない。

(四) 右のように莫大な発掘調査費用を要するところの文化財保護法上の規制を受けること自体極めて重大な瑕疵があるものというべきである。

(五) 原告としては、前記売買契約当時、右瑕疵の存在を知らなかったし、また知る由もなかった。

よって、原告は被告に対し、瑕疵担保責任に基づく損害賠償として、金四〇〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五三年七月一三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実中、原告に関する事実は不知、被告に関する事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の(一)の事実は認める。ただし、被告から原告に対し本件土地購入の希望が正式になされたのは昭和五〇年二月二五日ころである。

同(二)の事実中、原告が本件調布市の土地に賃貸マンションを建築する予定であったことは不知。当初の原告の話ではそば屋増田屋チェーン店の従業員宿舎を建築する予定であるとのことであった。

同(三)の事実中、調布市が数箇所の土地を提示したが原告の納得が得られなかったことは認める。本件土地はその選定、交渉、取得等すべて原告の希望指示によったものである。

4  同4の事実は認める。ただし、被告が売買契約の当事者となったのは組織上の問題である。いずれにせよ両者が実質的に同一体であることは認める。

5  同5の事実は認める。

6  同6の事実中、本件土地が売買契約当時周知の埋蔵文化財包蔵地であったこと、原告が本件土地上にマンションを建設するためには本件土地を原告の費用で発掘しなければならないということ、発掘費用が金四〇〇〇万円を下らないことは、いずれも否認する。また同(二)の事実は知らない。

本件土地が埋蔵文化財包蔵地として指示されたのは、昭和五一年五月二〇日初版発行の全国遺跡地図において初めてであり、広く府中市民に認識されたのは同年一〇月一五日府中市から発行された「広報ふちゅう」においてであって、それ以前には府中市の文化財関係のごく一部の職員の間のみで認識されていたにすぎないから、本件売買契約当時本件土地は周知の埋蔵文化財包蔵地ではなかった。

また、文化財保護法五七条の二の規定は起業者の発掘費用負担を規定しておらず、同法九八条の二の規定も地方公共団体自身が発掘する場合の規定で、しかも同規定に定める「協力」の中に金銭的負担までは含まれないのであって、文化財保護法は発掘等はあくまで国や地方公共団体が行い、事業者等はこれに協力し、発掘を阻止妨害することができないことを定めているにすぎず、発掘費用を負担させることなどは予定していない。

従って、本件土地は当時周知の埋蔵文化財包蔵地ではなかったし、仮にそうであったとしても瑕疵があることにはならない。

三  補助参加人の主張

1  原告は売買契約当時本件土地が周知の埋蔵文化財包蔵地であったと主張するが、本件売買に当っては、原告の代理人堀江において昭和五〇年九月ころ、本件土地を現認し、あらゆる形状も風聞もすべて調査のうえ買受けの申込をしているのであるから、本件の場合においては周知の包蔵地として解釈する必要はない。

2  また、法のいう「周知」とは万人が認める程度に公知となる必要があるところ、本件においては次の諸事実から明らかなように周知の包蔵地ではなかった。すなわち

(一) 本件土地は、府中都市計画三本木土地区画整理事業の対象地であったが、同事業においても包蔵地であることが認められていなかった。

(二) 府中市が文化財保護法五七条の四の資料の整備その他周知の徹底を図るために必要な措置の実施に努めなければならないとの規定を受けて発行した「広報ふちゅう」の発行されたのは昭和五一年一〇月一五日で、それ以前は全く資料が公表されていなかった。

(三) 府中市における中高層建築物等に関する指導要鋼及び開発行為に関する指導要鋼が改正されて文化財に関する規定が設けられ、施行されたのは昭和五一年四月一日である。

(四) 府中市遺跡調査会は昭和五〇年八月に発足したようであるが、一般市民に対しては何らの公表活動もされておらず、一般市民は全く知らなかった。

3  更に、原告は埋蔵文化財の存在自体が瑕疵に当ると主張する。しかしながら、文化財保護法五七条の一の一項は遺跡を発見したときは現状を変更することなく文化庁長官にその旨の届出をなすべき届出義務を規定したにすぎず、そのこと自体で瑕疵に当るとみることはできず、届出がなされたとしても同二項によると、文化庁長官はその遺跡が重要なものであり、かつその保護のため調査を行う必要があると認めるときは現状保持の命令を出すこととされているのであって、その遺跡が重要でないと認められるものについては瑕疵とならず、重要なものについては同九項により国が損失を補償することとなっている。もっとも同八項によると、重要でない遺跡についても文化庁長官は遺跡の保護上必要な指示をすることができると定められているが、同指示は命令ではなく、これに違反してもなんらの罰則もなく、契約当時「指示」を具体化すべき行政指導要鋼もなかった。従って、埋蔵文化財の存在自体が瑕疵に当るということはできない。

第三証拠《省略》

理由

一  原告会社がその所有する不動産を増田屋なるチェーン店に賃貸することを業とする会社であることは、《証拠省略》によって認められ、被告が調布市役所庁舎内に所在し、公共用地又は公用地等の取得、管理及び処分等を行うことにより調布地域の秩序ある整備と調布市民福祉の増進に寄与することを目的とした法人であることは当事者間に争いがない。

二  原告が、昭和五一年三月一〇日、被告から本件土地を代金四億二〇一七万二五〇〇円で買受けたこと、右は学校用地の取得を必要とした調布市が原告所有の「調布市の土地」の買受方を希望し、原告に申し入れたところ、原告が代替地の提供を条件としたため、いくつかの候補地が検討されたすえ、本件土地が代替地と決定されたが、本件土地が被告補助参加人の所有であったため、原告が「調布市の土地」を調布市に売渡すとともに、本件土地を調布市と実質的に同一体である被告において被告補助参加人から取得のうえ右「調布市の土地」の売買代金額と同一金額で被告から原告に売渡すこととなり、前記売買契約が締結されるに至ったものであることは当事者間に争いがない。

三  ところで、《証拠省略》によると、本件土地を含む府中市一帯はかつての武蔵の国に属し、遺跡、遺構が多いところから、東京都及び府中市の各教育委員会において昭和四九年七月ころから継続して遺跡の分布調査をした結果本件土地一帯にも文化財が埋蔵されている可能性が大きいとみられ、そこで府中市として昭和五〇年一〇月本件土地一帯を埋蔵文化財包蔵地として国に報告するとともに右包蔵地の所在を示す一万分の一の地図を作成したほか、昭和五一年五月に文化庁から発行された全国遺跡地図に本件土地一帯も包蔵地として記載されたのみならず、現に昭和五四年七月一二日原告において本件土地の一〇か所を試掘してみたところ、一か所から奈良もしくは平安時代と思われる竪穴住居址、一か所から右時代のものと思われる遺構がそれぞれ発見せられたこと、ところが、前記売買当時原告はもとより被告及び同補助参加人のいずれもが本件土地が右のような埋蔵文化財の包蔵地であることを知らなかったことが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。

しかして、文化財保護法によれば、土木工事その他埋蔵文化財の調査以外の目的で、埋蔵文化財を包蔵する土地として周知されている土地を発掘しようとする場合、また土地の所有者等が出土品の出土等により遺跡と認められるものを発見したときは、いずれも文化庁長官に届け出なければならず(五七条一項、五七条の五の一項)、更に《証拠省略》を総合すると、府中市の場合右文化財保護法の規定を承け、府中市開発行為に関する指導要鋼及び府中市中高層建築物等に関する指導要鋼において、開発地域が埋蔵文化財の周知地域に該当する場合は、開発行為者は事前に、また右以外の地域で開発区域内に埋蔵文化財が発見された場合は、速かに市に届け出て、これらの発掘及び保存等について、それぞれ市と協議しなければならないと定めており、行政実務上右届け出があると、市としては発掘調査の要否を判断し、必要と判断すれば、発掘調査の指示をするとともに右発掘調査の期間、費用及び調査方法について府中市遺跡調査会と協議するよう指示すること、右費用については事業者が零細事業者及び個人住宅の場合は国庫補助金から支出するがそれ以外の場合は文化財保護法の原因者負担の原則に基づき事業者において負担するものと取扱われており、本件の場合も原告が本件土地上にビルディングを建築する計画を有しているところから、昭和五四年七月二四日付で府中市教育委員会から原告に発掘調査及び協議の指示がなされ、しかも費用については事業者である原告が負担すべきものと取扱われていること、本件売買当時発掘調査するとすればその費用として金二五二〇万円を要することがそれぞれ認められ、他に右認定を左右する証拠はない。

右認定事実によると、本件土地には売買当時既に前記のような発掘調査費用の支出を必要とする文化財が埋蔵されていたのであるから、本件土地が文化財包蔵地として周知であったか否かに関りなく本件土地には隠れた瑕疵があったものといわざるを得ない。

被告は、原告が調査発掘費用を負担すべき法的根拠はないから埋蔵文化財の存在は瑕疵に当らないと主張する。確かに文化財保護法上、発掘費用が土地の所有者又は占有者の負担であるとする明文の規定はないうえ、同法のもとでは前記のように土地の所有者又は占有者が出土品の出土により貝づか、住居跡等の遺跡を発見してその旨の届出をした場合、文化庁長官は期間区域を定めて現状変更行為の停止、又は禁止を命ずることができ、国は右命令によって損失を受けた者に対しその通常生ずべき損失を補償することとされている(同法五七条の五、一、二、九項)が、一方同法は、前記のように土木工事その他の目的で周知の埋蔵文化財包蔵地を発掘しようとする場合(前記認定事実によると、本件土地は少くとも昭和五一年五月文化庁から全国遺跡地図が発行された以後においては周知の埋蔵文化財包蔵地となったものというべきである。)着手前に文化庁長官に届け出なければならず、右届出があった場合に文化庁長官は必要な指示をすることができ(五七条の二の二項)、また右のように土地の所有者等から遺跡発見の届出がされたときは文化庁長官は現状変更行為禁止又は停止の命令が出るうえ、府中市においてはこれらの場合開発行為者は市と協議するようその指導要鋼において定め、その発掘費用を原則として開発行為者に負担させており、現に原告が昭和五二年秋、本件土地上にビルディングを建築しようとして市に赴いて相談したところ、発掘して文化庁の許可を受けないと建築許可が下りない旨の指導を受けたこと(同事実は《証拠省略》により明らかで、この点に関する《証拠省略》は措信できない。)などを併せ考えると、本件発掘費用は事実上原告において負担しなければならないものと解されるほか、前記法の定める損失補償も文理上現状変更行為の停止、禁止命令による損失にとどまり、発掘費用までは含まれないものと解されるから、発掘費用を原告において負担すべき明文上の根拠がないとしても、本件埋蔵文化財の存在が瑕疵に当るというのに妨げないものというべきである。

そうだとするならば、被告は原告に対し、民法五七〇条により損害補償として前記金二五二〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五三年七月一三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるものというべきである。

よって、原告の本訴請求は右の範囲で正当として認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条本文、八九条を適用し、主文のとおり判決する。なお仮執行の宣言については附するのが相当でないので附さないこととする。

(裁判官 小川昭二郎)

〈以下省略〉

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